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ホソダユウヘイのブログです。18時頃更新します。

「なんかいい」を大事にしたい。

基本的にロジカルな思考を持ち合わせていると思うのだけど、

やはり、「なんかいい」ということには負けてしまう。

 

「なんかいい」とは、愛嬌に近い。

かわいいという事にも近い、良さがある。

 

逃げるは恥だが役に立つ。という作品もなぜかよかった。

特別な何かがあったわけではないし、正直具体的なストーリーはほとんど思い出せない。意図的になのか、この「なんかいい」感覚に近い表現を作中でこう表している。

 

「『可愛い』は最強なんです。『かっこいい』の場合かっこ悪いところを見ると幻滅するかもしれない。でも『可愛い』の場合は何をしても可愛い、『可愛い』の前では服従、全面降伏なんです!」

(『逃げ恥』第10話 ヒロインみくりの発言より)

 

「かわいい」と同様に、「なんかいい」の前には全面降伏だ。

 

「なんかいい」と思って貰えたら、ちょっとかっこ悪くても、

ちょっと失敗しても、ちょっと何があっても”全面降伏”だ。

 

なんかいいヒトになりたいし

なんかいいコトをしたいし

なんかいい組織を目指したい

 

この「なんか」は定量化できないからこそ、

企業やビジネスからどんどん抜け落ちてしまう。

 

意図的に、その「なんか」を組み上げなければ、

組織はなにかが欠乏してつまらなくなってしまう気がする。

 

もちろん、システムやプログラムもそうだ。

ポケモンのゲームはなんか良かったから流行ったんだ。

 

この「なんかいい」感覚は、明らかに出来るときもあるが、

なぜだかどうしてさっぱりわからないときもある。

 

「なんかいい」が何故良いのか?ということは、

また改めて時間がある時にでも考えてみたいと思う。